自分を、人間として育てていくための本

情報収集のための読書は、多くの方がなさっていると思います。新しいものをどんどん読んでいく。このような読書は、勉強のためにはとても大切なことです。
その一方で、自分を人間として育てていく本を読むことも、同じくらい大切なことだと思います。自分を成熟させるために不可欠な読書です。
古典と翻訳書を選ぶ目安
ざっくりとした目安として私は、まずは「刊行されてから50年くらい以上経っているもの」、そして「翻訳されているもの」を選ぶようにしています。もちろん、必ずしもこの限りではありませんが。
古典というものは、いいものです。長い時間を経て読み継がれているのは、それだけの魅力があるからなのだろうと思います。日本語から諸外国語に、あるいは諸外国語から日本語に翻訳されている本というのも同様に、それだけの魅力があるからに他なりません。
思考の枠組みを広げる「翻訳書」という異文化体験
特にお若い方には、諸外国語から日本語に翻訳されたものを読んでいってほしいと思っています。
翻訳書を読むのは、日本語で書かれたものとは違う読みづらさがあります。言語が異なるということは発想の仕方が異なるということですし、共有している背景や文化も違うわけですから、読みづらいことも少なくありません。翻訳をやっている知人に言わせると、翻訳自体がひどいこともあるようですが。
それでも、自らの思考の枠組みを広げるためには、翻訳されたものを読み、日本語・日本文化の呪縛から一旦離れてみるということが大切なのだと思います。こういう読書体験自体が、まさに「異文化体験」なのです。もちろん、古典も同様に異文化体験になります。
若いうちにこそ、負荷をかけて読む
年齢を重ねてくると、新しいものを受け入れることが大変になってきますから、翻訳ものは頭に負荷がかかるように感じることが増えていきます。逆に、日本の古典は以前よりも読みやすくなっていくようです。なんとなく古語がわかってきますから。
古典も翻訳ものも、どちらも大切な読書です。ですが、若いときには翻訳ものでもすっと頭に入りますから、若いうちに読んでおかれるといいと思います。
もっとも、私自身も「今日は明日よりは若い」わけですから、常に今がラスト・チャンスと思って、日々翻訳ものを読んでいます。