借金玉『発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術』を読む。

神話的な発達障害者をあきらめて
本書は、発達障害(AD/HD)の当事者の借金玉さんが、日常生活で実際に使える「ハック」を書かれたものです。本書にも書かれていますが、発達障害の当事者だけでなく、経験の少ない若い人、いわゆる「コミュ障」の方にも使えるものがたくさん書かれています。
借金玉さんは、いくつかのアルバイトを転々とされていました。そのことについて、以下のように書かれています。
気に入らない先輩や上司がいれば喧嘩を吹っかけて辞めればいいだけのことでしたし、いくつも職場をホッピングすればそのうちに我を殺さなくてもいいところに当たります。無限にホッピング可能なアルバイトでは、僕は社会性を身につけるどころか反社会性を果てしなく強化しただけでした。「退屈さと面白みのなさに耐える」ということもまるで身につけていませんでした。当たり前ですよね。退屈で面白くなければすぐに逃げ出して次に行く人生だったんですから。(借金玉 2018: 16-17)
自分に合った仕事・職場を見つけようというのは、最近ではごく当たり前の考えのように思われます。けれどそのことに対して、もちろん直接的ではありませんが、「反社会性を果てしなく強化しただけでした」と書かれています。確かに、そういう面があるのではないでしょうか。
「発達障害は才能だ」というようなこともよく言われます。そういう方もいらっしゃるでしょう。けれども、それだけで社会を生き抜けるのか、現実には難しい方もいるのではないでしょうか。
僕を失敗に導いたのは、まさしくそのような発達障害者たちの神話でした。自分は突出した能力を持っていて、それひとつで社会を駆け抜けていけるのか。それとも、欠損を抱えた人間として社会に順応していく努力を重ねる必要があるのか。(借金玉 2018: 24)
僕はまだ人生を諦める気はありません。神話的な発達障害者になることを諦めただけです。地道に愚直に積み上げることを今更ながら目指すだけです。(借金玉 2018: 25)
地道に愚直に積み上げること、これはもちろん、定型発達の方にも通ずることだと思います。
「茶番」と、壊れることを回避する処世術
借金玉さんは、「茶番をナメ切った結果、茶番に大量の時間を持って行かれた」(借金玉 2018: 149)と書かれています。飲み会の作法、挨拶等々、確かにそれは、「茶番」なのかもしれません。けれど、それを茶番だと切り捨てた結果、「茶番に大量の時間を持って行かれた」というのです。
いわゆる茶番や社交辞令は、発達障害の方が苦手とする分野の一つだと思います。そういった内容について、「茶番に大量の時間を持って行かれ」ないために、具体的にハックが書かれている点が、とても興味深いところだと思います。
借金玉さんは、芥川龍之介を引いて「最も賢い処世術は、社会的因習を軽蔑しながら、しかも社会的因習と矛盾せぬ生活をすることである」(借金玉 2018: 265)と書かれています。
「壊れる」ことを回避すること、これは本当に大切なことだと思います。
人間は無理をしすぎると壊れます。発達障害を持つ人間は、二次障害という恐怖もついてきます。僕はすでに躁うつ病を発病してしまいましたが、これは一度発病するとリカバリーに思った以上に時間を食います。精神の疾患は一度罹患すると本当にしつこい。これを回避するためにも、自分自身を客観的にモニタリングすることを忘れないでください。そして、「壊れる」ことを回避することは何よりも優先してください。(借金玉 2018: 180)
私の知人も、崩れると本当に大変です。無理をし過ぎないで、壊れないよう、見守っていることが大切だと痛感しています。
薬による体験世界の変化と「うつ集中」
薬を飲まれたときの状態が、具体的に書かれていました。借金玉さんは、コンサータとストラテラの両方を飲まれたことがあるそうです。
コンサータ
メリット① 集中力3割増し
メリット② 昼間の眠気消滅
メリット③ 動作性の改善(「書類をクリップで整理したりホチキスでまとめたりといった作業もうまくなった気がします。」借金玉 2018: 196)デメリット① 意欲の向上には効果なし
デメリット② 薬が切れるとガツッと落ちる
デメリット③ 発想力は2割減(「ポンポンと思考が飛躍していくあの感じはかなり減ります。強烈な閃きやアイデアなどは出にくくなります。」「思考が全体的に堅実になる感じがします。」借金玉 2018: 198)
デメリット④ 副作用が出始めた(頭痛、吐き気、焦燥感、寝つきの悪さ)ストラテラ
メリット① 頭の中で渦巻く思考がピタリと止む(「世界が静かだ」という驚き。借金玉 2018: 202-203)
メリット② 外界への過敏性が低下する(「聞き流す」ことが可能になる。借金玉 2018: 203)デメリット① 強烈な無力感と希死念慮、そして嗜眠(借金玉 2018: 204)
デメリット② 食欲の強烈な減衰、排尿困難
「ポンポンと思考が飛躍していくあの感じ」「頭の中で渦巻く思考がピタリと止む」「外界への過敏性が低下する」。AD/HDの方は、このように世界を体験されているんですね。
AD/HDの方の「ポンポンと思考が飛躍していくあの感じ」というのは、私の場合、知人のAD/HDの方のことを思い出すと、実感します。私の知人は、本当に天才的な発想の持ち主でした。それが低下してしまうというのは、なんとも残念なことでもあるのですが。
発達障害の「うつ集中」というのも勉強になりました。借金玉さんは、無意味な一つの動作を、無意味だと自覚していてもやめられなかったときのことを、以下のように書かれています。
「わかるんだ、こんなことは意味がないんだ、でも止められないんだ、脳が痒いんだ!」と叫び、僕は結局5時間以上、その動作を止めることができませんでした。
こうした状態を僕は「うつ集中」と呼んでいます。うつ状態に入ると、目の前の何かにちょっとした集中を発生させてしまった結果、そこから離れられなくなるという状態がよく起きます。これは端的にクソヤバいです。やるべきことは一切進みませんし、精神状態は下限知らずに悪化します。これは、ADHD傾向のある人になると「過集中」という状態を伴なってさらに悪化すると思います。(借金玉 2018: 234)
うつ集中に突入したため、マインスイーパしかやれなかった(借金玉 2018: 235)
うつかどうかにかかわらず、こうしたADHD特有の過集中的なコントロールというものは、とても難しいです。ネガティブな思考のスパイラルがまるで振り払えない。そんなときに誰かに「落ち着け」と言われても、全く逆効果ですよね。
うつ状態にしても、あるいは過集中にしても、その合わせ技にしても、「思考の可塑性が完全に失われている」ということには変わりありません。そんなときに、言葉で介入したり、あるいは自分の考え方を変えることで抜け出したりするのはほとんど可能です。30年以上試し続けて、僕は結局無理でした。(借金玉 2018: 235)
私の知人も、何度もこのような状態になりました。そういう知人を見ているのは、本当に辛いです。もちろん本人も、相当苦しいのでしょうが。
そういうときに「落ち着け」と言っても、本当に逆効果でした。
借金玉さんは、「身体的快感を伴なう休息をとることで、うつ状態は軽減することができるのです」(借金玉 2018: 238)と書かれていました。私は知人と一緒に体を動かすようにしています。ただ、体を動かすことが苦痛になるくらいうつ状態になってしまうこともありますから。本当に難しいです。
サボテンとしての成長
借金玉さんは、ご自分のことを「サボテン」に例えられています。
どくだみが20センチ伸びる間に僕は5ミリ育った(借金玉 2018: 260)
サボテンにどれだけ栄養剤をやっても水をやっても、どくだみより速くは育ちません。腐って枯れてしまいます。自分のペースで少しずつ成長していきましょう。そうすれば、時間は究極的に僕たちの味方になります。(借金玉 2018: 260)
発達障害は「治らない」わけではありません。ペースは違うかもしれませんが、成長を続ける、ということです。私もそう思って、当事者の方と関わっていきたいと思っています。
文献
借金玉、2018『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』KADOKAWA