子どもを「手段」にしない教育の原点:木村泰子・高山恵子『「みんなの学校」から社会を変える――障害のある子を排除しない教育への道』を読んで

大阪の大空小学校のドキュメンタリー『みんなの学校』を観ました。そして校長の木村泰子さんが発言されている本書を読みました。「障害のある子を排除しない教育」がタイトルに掲げられていますので、特別支援教育、インクルーシブ教育を想起するかもしれません。けれどもそれにとどまらず、教育全体、教師の仕事全体において大切な指摘をされている本だと思います。
子どもを「手段」にしていないか
まず、子どもは「手段」ではないということです。 もちろん、教師になりたいと思っている方で、子どものことを「手段」だと思っている方はいらっしゃらないでしょう。けれども、「理想の教師」を思い描いている方はいらっしゃると思います。「理想の教師」を描いている方が子どもを「手段」として考えていく思考の流れを以下のように話されています。
木村「例えば、教員になる人たちは、教員養成課程で「自分がどんな先生になりたいか?」ばかりを勉強させられています。「子ども理解ができて、授業がうまくて、学びの何とかかんとか……と」と。そうしたら、自分がそういう教員になることが、すべての「目的」になってしまい、子どもは目的を達成する「手段」になってしまうんです。」[木村・高山2019:37-38]
研究授業等も同様です。研究授業でも、本当は子どもの成長・発達が目的のはずなのですが、手段になってしまいがちなのです。
木村「いざえらい先生に「よい授業」を教えていただくとなると、教員にとっては、「この偉い先生に評価してもらえる自分の授業」が、「目的」になります。」 「そうなると、子どもは、「目的のための手段」になってしまいます。」[木村・高山2019:173]
「よい授業」をしたいという教師の熱意が、一歩間違うと、子どもを「手段」にしてしまうことにつながります。自戒しなければならない点だと思います。 私の以前関わった学生さんでも、とても熱心で、自分が成長することに一生懸命な方がいらっしゃいました。学ぶことが好きだから教師になりたい、自分が知りたいことを学びたい、というタイプの方です。 学ぶことは大切なことです。けれども、学んで自分が成長していくことは、教師としては、「自分のため」であってはいけないと木村さんは言います。
木村「公務員である以上、自分が変わることの最大の目的は、「自分のため」であってはいけません。」[木村・高山2019:169]
常に子どもを中心に考えること。このことが教師の仕事の原点だと思います。
教師の仕事は「子どもに向き合うこと」
もう一つ。教師は子どもに向かっていく、ということです。これも、常に子どもを中心に考えるということにつながってきます。
今、子どもの家庭、保護者が大変な状態になっています。ゆえに、「保護者に働きかける必要がある」という主張をよく聞きます。 それに対して木村さんは、「親対応は管理職のしごと」といいます。
木村「「教員の仕事は、子どもに向き合うことです。親対応は管理職のしごと」と。」 「親対応は、管理職手当がついている人がすればよいのです。」
「「親対応なんて、いらんことすな」」[木村・高山2019:184]
教師の仕事は、子どもに向き合うことです。親対応は担任の仕事ではないといいます。 それでは、いわゆる「困った親」は放置しておけばいいのでしょうか。そうではないと思います。木村さんは次のように言われています。
木村「私が校長をしていた時は、モンスターペアレントはいませんでした。なぜかと言うと、子どもが親を超えるからです(笑)。子どもは親に言えなくても、「昨日、母ちゃん、こんなん言うねんけど、おかしない?」と、必ず職員室に言いに来ていました。」[木村・高山2019:154-155]
私が昔お世話になった先生も、教師の仕事は子どもに向かうこと、子どもが変われば親も変わる、と言われていました。重なることだと思います。 教師の仕事は子どもに向き合うこと。教師の仕事の最も大切なところを改めて学びました。
引用・参考文献
木村泰子・高山恵子、2019『「みんなの学校」から社会を変える――障害のある子を排除しない教育への道』小学館