辞書的な定義と現実の架け橋に:野波ツナ『旦那(アキラ)さんはアスペルガー』シリーズから学ぶアスペルガー症候群
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はじめに:アスペルガー症候群の基礎知識と「辞書的定義」の壁
「発達障害」が話題になっています。その中の「アスペルガー症候群」という名称を聞いたことがある方も多いかと思います。
アスペルガー症候群は、1944年にオーストリアの医師、ハンス・アスペルガーによって名付けられました。自閉症の3つの特徴のうち、「対人関係の障害」と「パターン化した興味や活動」の2つの特徴を有していますが、言葉の発達の遅れは無いとされています。
2013年に発行されたアメリカ精神医学会の診断と統計マニュアル「DSM-5」では、アスペルガー症候群という診断名を廃して、他の自閉性障害等と一緒に「自閉スペクトラム症」(ASD)という名称に統一されました。
「DSM-5」より以前に発行されたWHOの診断ガイドライン「ICD-10」では、アスペルガー症候群の名称で解説されています。一般的には、現在でもアスペルガー症候群の名称が使われることも少なくありませんので、本稿では「アスペルガー症候群」を用いていきたいと思います。
アスペルガー症候群の定義、教科書的な説明は、よく目にするものではないかと思います。
辞書的な定義と「目の前の人」のギャップ
ただ、辞書的・教科書的な説明が頭に入っていても、専門家でないと、現実のアスペルガー症候群の人たちとは結び付かないこともあるのではないでしょうか。
実は、私自身がそうでした。特別支援教育や障害児心理学等についてある程度は学び、アスペルガー症候群の辞書的な定義は頭に入っていました。けれども、目の前の身近な人とは結び付かなかったんです。
私の場合の「目の前の身近な人」は、正式な診断は受けていません。けれども、特別支援教育を専門的に学んでいる知人から「アスペルガー症候群ではないか?」との指摘を受けました。それで、集中的に関連書を読んでみたところ、あまりにも該当することが多くて愕然とした、という経験があります。もちろんだからと言って、その方がアスペルガー症候群だと主張するつもりではないのですが。
辞書的な定義と目の前の身近な人たちが結び付かない、ということはよくあることだと思います。そのようなときに、今回取り上げた野波ツナさんの『旦那(アキラ)さんはアスペルガー』シリーズをお読みいただくとよいのではないでしょうか。
筆者の野波ツナさんの夫・アキラさんは、結婚後、アスペルガー症候群と診断されました。今は別居されているそうですが、アキラさんがツナさん宅を訪れたり、といった関係性はあるそうです。そのツナさんからみたアキラさん、アキラさんとの関係を描いたのが本シリーズです。
本シリーズを読んだとき、まさに私の知人そっくりだと思いましたので、本人にも全巻を読んでもらいました。本人も「自分そっくり」と言っていました。ほとんど違和感が無かったそうです。
もちろん、重ならない部分もたくさんあります。アキラさんは生きづらさをあまり感じていないようですが、私の知人の場合は、必ずしもそうではありませんし。
定型発達の人に個性があるように、非定型発達の人にも、アスペルガー症候群の人にも個性があります。ですので、決めつけてしまうことはあってはなりません。
また、あくまでツナさんからみたアキラさんであって、アキラさんそのものとは違っている部分もあると思います。
このような点を考えても、辞書的な定義ではなく、具体的にアスペルガー症候群について知っていくうえで本書は極めて有効だと思います。ただ、繰り返しになりますが、これがアスペルガー症候群だと決めつけてはいけません。
本書から読み解く、具体的な特徴と周囲の受け止め方
さて、アキラさんの特徴的な様子を見ていくことにしましょう。
アキラさんは、「人との関係は変わっていくことがわからない」[野波2011:32]、「優先順位がわからない」 [野波2011:58]、「自分のモノと他人のモノの境界がすごくあいまい」「この場合の「持ち物」はモノの他にお金や人間関係や地位・立場なども含む」[野波2011:67]、「「未来」という概念がなく「いま」しか信じない」[野波2011:83]、「他人の気持ちがわからない」[野波2011:124]、「自分ができることを他人ができないという事実を想像できない」[野波2011b:64]……等々、いろいろな特徴があげられています。
ただ、アキラさん自身は生きづらさを抱えていません。監修の宮尾益知さんは、「本人が生きづらいと思わなければ、カウンセリングは必要ないし、アスペルガーとも診断されることもありません」[野波2011b:65]と言います。でもツナさんは、「でも台風の目なんです。本人はひょうひょうとしていますが、周りは巻き込まれて大変! みたいな毎日です」 [野波2011b:65]、と。
私が一番驚いたのは、アキラさんの知人が病気になったときのアキラさんの反応です。病院に行きたがらないアキラさんをツナさんは「辛いのだろうな」と推測するのですが、そうではありません。「進行が早くてもう手遅れらしくて」「あの人とはもう仕事することないってことだから」[野波2011b:58]というのがアキラさんの台詞です。ツナさんから見たら「冷たい」と思うような言葉ですが、アキラさんにとっては、合理的な考えなんだそうです。
そう言われてみれば、私の知人にも思い当たる節が無いわけではありません。
「カサンドラ症候群」と適切な距離感
アキラさんには、いわゆる「生きづらさ」がありません。ですので、自分を変えていくつもりはないそうです。そのため、「この年になっていまさら自分を変えていろいろ学んで「仕事がしやすくなりますよ」「友達ができますよ」と言われてもその必要性を感じません」[野波2012:21]とアキラさんは言います。
一方で、ツナさんは悩んでいます。「アキラさんが変わらないならツナが自分を変えなきゃいけません」「悩んでいるのはツナなのですから」[野波2012:23]とツナさんは語ります。
こうしてツナさんは自分を変えていこうとされますが、このような状態が続くと、身近にいる人は辛く感じてしまうことが少なくありません。アスペルガー症候群の特徴の一つが「対人関係の障害」ですし、感情が伝わりにくいという面があります。配偶者のような親密な関係性の場合、それがうまくいかない困難は容易に想像されます。
その結果、アスペルガー症候群の配偶者をもつ人などが、精神に不調を来すケースがあります。DSM-5で疾患名にはなっていないのですが、「カサンドラ症候群」と一般的に呼ばれており、ツナさんの場合も体調不良からそれが判明しました。
ツナさんは、同じような境遇にある方々の声を漫画にしています。夫がアスペルガー症候群だというある妻の声を紹介します。
「一番ひどかった時は原因不明の手足のマヒが1年半続いたんです」「でもベッドに横たわる私に」「でボクのごはんは?」
「それが治ってから今度はガンになって」「ボクに言われても困るからネットで調べてお医者さんに相談して」「大好きな奥さんがガンになっちゃってボクは悲しい」「大丈夫よ」「私は死なないよ」「私のほうが夫をなぐさめるしまつ」
「私夫のことは5歳の子だと思ってるんです」「だから可愛くてしかたないの」「大人だと思うと腹が立つんですよねきっと」「でもそしたら病気になったわけですよ」「夫のことが好きすぎてストレスの自覚がなかったんですね」「ガマンしてる気持ちにずっとフタをしてたんです」
「別居してみたら元気になったので気づきました」「今は月に数回3日間だけ夫の世話をしに行っています」「あらあら玄関にパンツ」「その3日間は楽しく過ごしますが」「夫ちゃん可愛い♡」「3日間が限界でもあります」
「対処のしかたはわかってるつもりですが心が寂しいです」「この寂しさをどうしたらいいのかなあと思います」[野波2016:77-80]
このご夫婦は別居を選択されました。ツナさんとアキラさんも同様です。アキラさんは「結婚相手に求める条件」として、「一緒に暮らさなくても大丈夫な人。一緒に暮らすと(相手を)カサンドラにしてしまいますから」[野波2017:128]と語っています。
もちろん、アスペルガー症候群のカップルすべてが別居をしなければならないと主張するつもりはありません。本当にいろいろなケースがあるからです。私自身は、どのような距離感でいるのか、その判断が難しいと感じています。
おわりに:決めつけず、多様性を理解するということ
こう書いていくと、「アスペルガー症候群の人は大変」と思われるかもしれません。
でもそうではありません。この点だけは、誤解がないよう、強調しておきたいと思います。
定型発達の人にいろいろな人がいるように、アスペルガー症候群の人にもいろいろな人がいます。私の知人は、本当に優しくて、温かくて、素敵な人です。アスペルガー症候群の長所も短所も併せ持った人だと思います。
ただ、本人は生きづらさを抱えているようです。ですので、あまり役には立たないかもしれませんが、私にできる支援をしていこうと思っています。本人といろいろな本から学びながら、試行錯誤を続けたいと思っています。
文献一覧
野波ツナ、宮尾益知監修、2011『旦那(アキラ)さんはアスペルガー』コスミック出版
野波ツナ、宮尾益知監修、2011b『旦那(アキラ)さんはアスペルガー――うちのパパってなんかへん!?』コスミック出版
野波ツナ、宮尾益知監修、2012『旦那(アキラ)さんはアスペルガー――しあわせのさがし方』コスミック出版
野波ツナ、宮尾益知監修、2014『旦那(アキラ)さんはアスペルガー――4年目の自立』コスミック出版
野波ツナ、宮尾益知監修、溝口のぞみ解説、2015『旦那(アキラ)さんはアスペルガー――奥(ツナ)さんはカサンドラ』コスミック出版
野波ツナ、宮尾益知監修、溝口のぞみ解説、2015b『旦那(アキラ)さんはアスペルガー――アスペルガーとカサンドラ』コスミック出版
野波ツナ、宮尾益知監修、溝口のぞみ解説、2016『旦那(アキラ)さんはアスペルガー――みつけよう笑顔のヒント』コスミック出版
野波ツナ、宮尾益知監修、2017『旦那(アキラ)さんはアスペルガー――アスペルガーと知らないで結婚したらとんでもないことになりました』コスミック出版